絵版のリンク切れをご指摘いただいたのですが、
いかんせんこの頃は消滅防止しか描いていないので
気が済むまでこのままにしておこうかと思います
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「カイルさんって負けたことあるんですか?」
ふとした疑問をロウビィは口にした
「当り前さ 俺が無敵だとでも思っていたのか?」
笑いを含んだ回答にロウビィはちょっと驚いた
「今でこそ、デバック能力やら術やらで
そう簡単に負ける気はないが
以前は術もバグも何も使えないただの人間だったからね」
きっと、本気を出せばロウビィでも倒せたさ
カイルはさらっと言うと再びパソコンに眼を向けた
カタカタとリズムの良いタイピング音がする
「死にそうになった事とかあるんですか?」
「そうだね…事故で死にかけたことは何度もあるけど
対人となると…夜一の時かな?」
「ヤイチ?」
「不知火 夜一という殺人鬼と戦ったときだ」
「強いんですか?」
「相当ね」
聞いてしまってから、カイルが死にかけたというのだから
相当強い事にロウビィは気付いた
「尤も彼の場合は、それだけではない
小学生の時に叔母夫婦を惨殺し火を放っている
とても猟奇的な少年だ」
「それって普通の人間なんですよね?」地球でのことですよね
「あぁ 普通の人間…のはずだったんだけど」
カイルはパソコンから窓に目を映した
カーテンを少し開けるとすっかり暗くなった空が見えた
「イザナミのカイル…カイル=マ-ティン」
「お前は誰だ」
金髪金眼の黒い服を着た少年と
黒髪赤眼のこれまた黒い服を着た少年が向かいあう
黒髪の少年の方が、多少幼く見えるが
心境的には金髪の少年の方が押されていた
任務の為に森の中に入り込んだカイル
シグマから任務の終了をメールで告げられたが、
何処をどう歩いたのかすっかり迷ってしまった
そこで出会った緑がかった黒髪の少年
その緑は夜の闇にまぎれ、すっかり黒くなっていた
カイルは自分より数歳年下に見え、地元の少年なんだとばかり思っていた
が、カイルの金髪と金眼を見た瞬間、
少年はその正体を当ててしまった
油断していた気がとたんにピンと張りつめる
「もう一度聞く、お前は誰だ」
「僕は不知火 夜一」
「シラヌイ、ヤイチ…!?」
その言葉にカイルは覚えがあった
以前シグマから聞いていた、裏の世界で
指名手配に等しい扱いをされている少年だった
武術の名門、不知火家の後継ぎにして
10にも満たない年齢で猟奇殺人を行った狂気の少年
彼を追うのは不知火の遺族に限らず
イザナミ、イザナギ、スサノオetc様々な組織から目をつけられていた
「あの、不知火 夜一か…」
まさか、こんなところで出会おうとは
ここで彼を捕まえれば、イザナミにとって大きな利益となる
そう確信したカイルは、隠していた短刀を手に構えた
夜一の瞳にカイルの短刀が輝く
カイルは考えていた
あの狂気の少年は見た感じ、自分より年下の普通の少年である
しかし、あの不知火一族の血を受け継ぎ
何よりも有名な猟奇殺人を犯しているというお墨付きの実力をもっているはず
ぼんやり突っ立ったままの夜一は
無表情のままただカイルを見ていた
(一瞬を突いて、気を失わせるか)
カイルの中である程度の策は完成した
あとは実行に移すのみである
(唯一の問題としては、彼が本当に夜一なのかと言う事だが、
まぁ別人なら動きでわかるだろう)
カイルは左手に構えた短刀で、夜一に向け軌道を描いた
シュッとキレのいい音が微かに聞こえた
しかし、それが目標に当たることはなく
無表情のまま夜一はソレを避けた
カイルは突き出した左手で短刀の向きを反対にすると
夜一に切りかかる
木々の合間を夜一は華麗に避けて行く
カイルはそれを追うも、まったくかすりもしなかった
(彼は本物だが…どうする)
もう何秒切りかかっただろうか
総ての攻撃が見事と言うほど外れていく
このまま長期戦になれば自分が不利になることをカイルは確信した
そして、この時に撤退していればよかったと
カイルはロウビィに告げた
刃物では勝ち目がない
そう考えたカイルはついに拳銃を取り出す
右手でそれを構えた
刃物で切りかかり、それを夜一が避ける
その避けた瞬間にカイルは銃で夜一を狙った
(まさか…)
その気になれば手を伸ばしても届きそうな距離である
しかし、夜一はソレを避けた
「僕を殺す気…?」
「……殺すつもりはないんだがな」
ちょっと付き合ってもらおうかと思って
カイルは思わず、一歩ひいた
そしてその判断はまさに野生の勘とでもいうのだろうか
まったくもって正しかったのである
「クク…フフフフフフ……」
下を向いた夜一から不気味な笑い声が聞こえる
とても少年が出しているとは思えない
地獄の底から聞こえるようなそんな声だった
カイルの額から汗が流れる
(ヤバい)
本能がそう叫んでいた
「いいよ、遊んであげる……」
ククク…フフフ…フフフフフ
ひゃああぁぁあああぁぁぁっはっはっはっはっはっはっは
木々に足があるとしたら、皆一目散に逃げているのだろう
その声は夜の静寂にとてもよく響き、
カイルに恐怖心を味わわせるには十分だった
動かない足を何とか動かしてカイルは逃げようと後ろを見る
そこには夜一がいた
「あっははっはははははっ」
いつの間に持ったのだろうか
両手で石を持ち、カイルに殴りかかる
かろうじてそれを避けたカイルだが、夜一の攻撃は止まらない
「ひゃっははははははははは」
「っ……」
どうやって重い石を持ちながらバランスが取れるのだろうか
さっきまでの寡黙な少年とは全く違う夜一に
カイルの頭には猟奇殺人の事が浮かんでいた
(彼の叔母夫婦と言えば、不知火家の一員…有能な闘士でもある
それをたった一人で殺めた事を思えば…)
彼の狂気に満ちた雰囲気もある意味納得のいくものだった
冷静に彼を分析してみるものの、
危険な状況から脱出できるわけでもない
夜一の攻撃は止まっていた
彼は石をおろし、またぼんやりと突っ立っていた
ここは単純に…(走って逃げるか)
しかしその目論見は脆くも崩れ去った
「っう……」
考え事をしていたその一瞬を突かれたのだ
右足に火でも浴びたような鈍痛が走る
どこからあったのか夜一は金属バットを手にしていた
「ひゃははは」
死んじゃえ
背筋が凍るとはこういう事なのか
カイルはそれを身をもって実感した
夜一のイカレた笑み、そして赤い眼がカイルの脳裏に焼き付いていく
座り込んだカイルに夜一は一歩ずつ近づいてきた
無意識に拳銃で夜一を撃つも、総てが避けられていった
「死ね、死ね、死ねぇぇぇええぇぇ!!!!」
あっはははははははははははは
ガン、ガンとゆっくりとしたリズムで
バットが振り下ろされていく
夜一はまるで人形のようにその動作を繰り返している
カイルの腕には赤い血が流れる
肘からポタンと地に落ちた
恐怖の時間を止めたのは待ち望んだ声だったのかもしれない
「カイルッ」
ガンと銃声が響く
夜一はそれを避けるためにカイルから数歩離れる
「……シグマ」
シグマは銃を構えたままカイルにゆっくりと近づく
まるで反比例のように夜一はカイルから離れて行った
「ひきます」
ボソリとシグマはカイルに告げた
「…でどうなったんですか?」
「俺はこの通りピンピンしている
……なんてな 片腕の骨に罅が入ってな」
しかもその治療の中、ずっとシグマから説教を受けていたし
「カイルさんが、説教…ですか?」
「敵の実力と自分の実力をしっかり見極めろ、ってな」
今は笑っているものの、当時は相当ショックだったのだろうか
語尾がややかすれた気がした
「ロウビィも緑がかった黒髪をもつ赤眼の少年には気をつけろよ」
「無茶言わないでくださいよ」
この世界に緑髪も赤眼もたくさんいる
カイルのいた地球とは世界が違うのだ
「でも、それからかな
ちゃんと相手の事を調べて、策を練って
知識をつけて、どんな非常事態にも対応できるようになろうと思ったのは」
「因みに、シグマさんは夜一に勝ったんですか?」
「撤退した…という点からすると、勝ったんだろうね
勿論、俺も今なら再戦しても負ける気はしない」
カイルはパソコンを閉じると、ロウビィに笑いかける
「ロウビィもあの奇声を一回聞いてみると良いかもな
夜眠れなくなる」俺では再現しきれないけど
「全力で遠慮しておきます……」
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以前、サクヤを襲ったのも夜一
そして、夜一は俺の嫁(笑)